私はピアニストになるために、長年時間とエネルギーをかけて勉強してきて、心理学の勉強は特別したわけではありません。ただ、6年前にコーチとしての資格を習得したことで、教師と生徒との関係である音楽教育現場から一歩外へ出て、広い意味でバランスが取れている人格で、幸福な人は、物事を習得したり、対人関係のバランスも上手にとっているということに築き始めたのです。
心理学は、人間の心の科学で、特に人間の行動を研究するものである以上、教育の現場である、教師と生徒の関係にとても関係していると感じることは、ごくごく自然なことではないでしょうか。
ピアノの練習時間はどうして長いの?
ピアノは他の楽器に比べて、練習時間が多いことで有名です。冷静に考えてみると、それは大いに納得のいくものなのです。
両手を使うピアノは各々の手の役割は違います。右手はグループバンドに置き換えると、ボーカルやフルートといったメロディー担当です。それに対して、左手の役割はドラムとバス、というように縁の下の力持ちではないですが、実は音楽のとても大切な要因の3つのうち2つ、すなわちリズムとハーモニーを担っています。
このようなことから察するに、すでに3人の音楽家の役割を1人でやるわけですから、練習時間も3倍とは言わなくとも、多くなることは容易に理解できるでしょう。そしてさらには、その3人をうまくコーディネートする、指揮者的な耳とマインドが要求されます。
さあ、あなたの前に、実際に3人、仕事仲間がいたとします。あなたは、その3人をうまく誘導し、調和させ、1つの作品を作り上げなければなりません。お互いに耳をかして、尊重しあっていれば良いですが、誰かがとても主張が強かったり、誰かはあまり働かなかったりしたら、あなたは自分の感情をまずはコントロールし、理性的に言葉を駆使して、または共感してに色々な方法で3人のバランスを取るべく試行錯誤していくでしょう。
ピアノは、それを10本の指と1つの頭で実現させます。3人の仲間の仕事と同じく、感情と理性を一体化させなければなりません。
そしてさらには、その作品をエンジョイする聴衆がいるという点です。
そんなに複雑な行程を経ているピアノですので日常、練習に関してつきあたる問題も単純とはいえません。
生徒によくする質問です
生徒によくする質問です。
「なんのために練習するの?」
レッスンは基本マンツーマンです。私は、教室のドアが開いて、彼らが入ってくるときにすでにその日のピアノの演奏が、聞かなくてもわかるようになりました。ドアの開け方や、前の生徒と私のレッスンを待って聞いている時の様子、部屋のどの場所に座って待っているのか、そして、自分の番になった時のピアノの前に座り、楽譜をどのように扱いながら椅子へ腰を下ろすのか。
そこで、ある日、とても才能のある生徒が、新しい学年が始まり、いつまで経っても練習してこない時期がありました。何よりも、3回に1度くらいしかレッスンにこないのです。たまにやってきて部屋に入ってきても、私と目を合わせようとはしません。のらりくらりと、そのできない訳を説明するのですが、全て理由は、自分以外だという結論でした。
ある時は、家族の引っ越しの手伝いで腕が痛くなった、またある時は一緒に住んでいる住人が病気で自分も具合が悪い、またある時は何を練習していいかわからないとさまざまでした。
そこである日、ピアノの前に2人で座り込んで、じっくり長いこと話をすることに成功したのです。私は彼の人生の一部を理解しようと思ったのです。
ピアノの技術、いわゆる弾くためのテクニックは、なんのためにそのテクニックが必要なのかわからなければ、その練習時間にほとんど意味がないと私は考えています。ただ、指を動かし、身体は緊張状態で心は恋人のことを思い、言われて仕方なくする練習ほど苦痛なものはないでしょう。
そういう時は練習に身が入らないばかりでなく、しなければいけない罪悪感で自分を責めてしまうパターンになってしまいます。それでは上達どころか、かえってマイナスなのです。けれども、本人はそこで練習をしない、という選択肢を取ることは、さらなる罪悪感で苦しむことになるのです。これが負のスパイラルです。
彼の練習に対する熱意は容易に戻ってはきませんでしたが、彼の人生の一部を理解しようと耳を傾けた時、その理由は、家族の期待に答えられない、理想、こだわり、求めている姿と自分自身とのギャップからモチベーションが下がり、それはピアノを離れた日常生活にも及び、少しずつ、その苦悩が大きくなり自分自身から逃げていたことがわかりました。
正直に語る
私はその時、彼の才能は、ここで終わるわけはない、と思っていたので正直にそのことを彼に告げたのです。そして、今のままでは、咲くべき花は咲かないとも言いました。
自分の持っているものをもっと大切にすることを考えなさいと。それはすなわち自分を大切にすることでそれが家族から(期待に答えないから)愛されない、ということではないということも付け加えました。
それ以後の彼は少しずつ、練習時間が増えていきました。自分から逃げることをやめた彼は、できない箇所を一緒にアナライズして、受け入れ、解決策を見つけるというポジティフなスパイラルに変化していきました。私にとって、それはとても大きな喜びでした。
家族との関係は、いつの歳でも課題があり、また個人差があるわけですが、とりわけ18歳から23歳くらいまでが、とても慎重を期す時期だと思っています。家族という温かい巣から飛び立ち、喜びと不安、社会に自分の居場所を見つけられるかどうかを意識し始める時期です。家族からは独立した大人だと思われたい、けれども現実の自分はまだ、独り立ちできない子供のままなのではないか、というジレンマです。
もし、これを読んでいるかたが教育に携わっている方ならば、このような時期の声がけの言葉は慎重に選んでください。
彼らはリミットを知りたいとも思っています。どうしたらいいのかわからない場合は、まず、その枠組みを教えてあげる必要があります。なので、なんでも受け入れ、OKを出してはますます混乱を招きます。その時の生徒さんの状態を考慮し、可能性も、問題も、心を開いて話をすることでポジティフなスパイラルに誘導することができ、あとは彼ら自身で道を探し始めるでしょう。
たとえ、コンサートピアニストにみんながみんな成れなくても、練習で培われる人間としてバランスは対人関係にも影響し、その後の幸せの種を手に入れることにつながるということを忘れてはなりません。
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