子供の頃は皆天才
歌ったり、音楽に合わせて踊ったり、道路に蝋石で絵を描いたり思うままに、表現していた時代があります。
誰にでも、何かしら、思うままに表現していたことでしょう。
子供の頃という漠然とした言い方ではなく、一体いつまで、このように自由に表現できていたのか、振り返ってみてもあまり記憶にはないかもしれません。ですが、よーく思い返してみると
「もっと、画用紙いっぱいに描きなさい」とか
「ここに色を足したほうがいいよ」
とアドヴァイスのような言葉や
「あなた、絵は下手ね。あんまり得意じゃないわね」
「ピアノの音、今度は間違えないようにね」
などなど、言われていたな〜と記憶の片隅に残っていることに気付かされます。
親や、学校の先生からたびたび言われることで少しずつ、深く心に刻まれていってしまう人と、全く忘れてしまうほど軽く気にも留めない人とがいます。
成長とともに凡人になる
周りの環境に順応すること、または順応せざる負えない状況が多くなり、次第に自由に、思うままに自分を表現することをやめてしまい、みんなと同じでいることで、自分を諦めてしまうのです。どんどん何を本当に感じているのかさえ、わからなくなる時があるのです。
心の思考の分離
Feel 〜感じる〜ことは私たち人間の本来持っている素晴らしいことです。
けれども、順応することばかりに考えがとらわれ、感じる機会が減っていくことで、アンテナが鈍くなっていきます。
娘が幼稚園に通っているとき、ピンクの牛の絵を書いて帰ってきました。
大きな紙にいっぱいいっぱい、元気よく描かれていて、「ママはこの絵が大好きだよ」と娘に伝えました。そして、何よりも日本で教育を受け、育ったわたしには、幼稚園の先生が、こういった色の選択を子供の好きにさせてくれている暖かさに感動したのです。
感じたままに表現することは、周りに自分をどう思われるか、心配する気持ちがあると思うようにはいきません。他人のジャッジメントに自分を合わせてしまうということになります。それは、自分のfeel、〜感じる〜ことに素直に向き合っていないということです。これでは苦しくなってきても仕方がありません。
罠
言葉は気をつけなければなりません!
”自分のfeelに素直に”
ということは、無論一人で生きていない社会では難しい場面も多くあります。
言葉通り、素直に何をしてもいい、という罠にハマっては社会との関係はギクシャクしてしまうのです。人間は、絶えずあるものと関係を持ちながら生きています。それは人であったり、環境であったりします。
なので、必ず、周りと自分の位置関係は理解しておく必要があるのです。
恐れをもつよりコミュニケーションを学ぶ
では、どうしたら良いのでしょうか?
恐れは、具体的にアクションがないとどんどん膨れ上がってくるモンスターです。
表現することを我慢することではなく、どのように表現したらいいのかを学ぶことに、時間や、エネルギーやお金をかけます。アートセラピーや、自己啓発セミナーに通ったり、この問題を克服した人が書いた本を読んだりすることもいいでしょう。
表現できる相手や、環境のところに出向いていくことをお勧めします。もし、身近な環境からなかなか抜け出せないとしても、必ずどこかにあなた自身でいられるところがあるのですから。
少しの行動から、自信が芽生え、いつの間にか、怖さが薄らいでいることに気がつくことでしょう。
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